村上 忠則(むらかみ ただのり)
●現所属先 神奈川日産自動車梶@法人事業部長
●生年月日 1949(昭和24)年8月4日生・53歳
●出身 兵庫県出身
●プロフィール
津名高から68年に大昭和製紙へ入社し、70年に都市対抗で優勝。この年に大昭和製紙北海道に転勤すると、74年に再び都市対抗で頂点に立ち、社会人ベストナインを受賞した。翌75年も都市対抗決勝までチームを牽引し(準優勝)、2度目の社会人ベストナインに輝く。81年限りで大昭和製紙北海道が休部すると、日産自動車に転籍。84年には日産で3度目の黒獅子旗を獲得し、社会人ベストナインも捕手として最多の3度目の受賞となった。86年に日本石油の補強で4度目の都市対抗優勝を果たすと、この年限りで現役を引退し、日産で監督に就任した。
監督としては93、94年に日本選手権で準優勝すると、98年には都市対抗で優勝。97年には選手、監督を通じて都市対抗出場25回を讃え『都市対抗特別賞』を受賞している。
選手時代は、初めてキューバに土を付けた78年のハーレム大会をはじめ、数多くの国際大会で日本代表に選出された。指導者に転じてからも、94年の世界選手権に川尻哲朗(現・阪神)、黒須隆(01年ワールドカップ日本代表キャプテン)を日本代表に送り込むなど、世界に通用するタフな選手を育成してきた。99年限りで日産の監督を勇退した。
現在は、神奈川日産自動車竃@人事業部長(理事待遇)として活躍する傍ら、(財)日本野球連盟理事、競技力向上専門委員会副委員長、同地域部会長を兼務して日本代表候補強化合宿などで選手の育成、指導に務めている。昨年キューバで行なわれた第15回インターコンチネンタルカップでは、日本代表コーチを務めた。既婚・2女